| ◆ 幌加内町の日本一 |
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減反政策の中で、お米に代わる作物として、1970年代から本格化したそば栽培は、1980年(昭和55年)に日本一になり、1986年(昭和61年)には作付け面積が1,000haを超え、今日では、作付け面積が2,700ha、生産量も2,390トンを超える、そばの作付け面積、生産量ともに日本一の”そばの里”です。栽培面積は、今後も増えていくとが予想され、栽培技術の工夫・向上および食味、品質の改善等に取り組んでいます。そば栽培を支え、さらなる品質向上を図る乾燥調整を充実させ、名実ともに日本一のそばの生産地を目指しています。
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16年の歳月をかけて、1943年(昭和18年)に完成した雨竜第一ダムによって堰き止められたダム湖・朱鞠内湖は、常時満水位までの面積が2,373haで、人造湖としては日本一の広さを誇ります。人造湖とは思えないほど、周囲を緑の自然につつまれ、自然と豊かに調和した美しい景観で、春の満水期、夏の渇水期、冬の凍てつく湖面と、季節が移りゆくたびにその景観は一変します。春の満水期には、少しづつ緑濃くなっていく自然を湖面に映し出し、夏の渇水期には、湖底に沈んでいた木の切り株などが姿を見せ神秘的な景観を浮かび上がらせます。また、冬になると、厳しい寒さの中で湖面が凍り付き、白銀一色の世界に変化し四季折々にその景観を変えていきます。
>>朱鞠内湖の詳細 |
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1902年(明治35年)、旭川市で日本最低気温の公式記録・−41度を記録。しかし、その76年後、1978年(昭和53年)に幌加内町母子里でこれより0.2度低い−41.2度を記録しました。
気象庁の公式記録の対象からはずれていたため、旭川の記録が公式記録になっていますが、実質的には、幌加内町母子里の−41.2度が誰もが認める日本一の最低気温です。
>>日本最寒記録の詳細 |
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| 幌加内町の日本一の詳細 |
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◆ 町章の解説
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| 1. |
町名のホロカナイを図案化したものである。 |
| 2. |
全体の円形は町内の一円融和を現わす。 |
| 3. |
三つの棒線は天地人の融和を現わす。 |
| 4. |
大円と小円の空間は雨竜川、朱鞠内(しゅまりない)湖を現わし、灌漑水源開発 ならびに観光事業の重要性を現わす。 |
| 5. |
三つの小円は政治・経済・教育の三位一体を意味する。 |
| 6. |
小円内の三つの扇形は、山林・農耕牧地ならびに鉱山を現わし、本町 の総合開発に伴う農・林・鉱を主体とし畜産、商工、その他諸産業発展の末広がりを 意味する。 |
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| ◆ 町名「幌加内」の起源 |
| アイヌ語です。逆戻りする川という意味があります。 |
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| ◆ 幌加内町民憲章 |
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私たちはナナカマドのように風雪に耐え、自然を克服した父祖の開拓魂を誇りに持ち、郷土の発展のため五つの柱に力強く立ち向かうことをここに誓います。
1. 健康で働き、豊かな家庭をつくりましょう。
1. あたたかく交わり、明るい社会をつくりましょう。
1. きまりを守り、住みよい平和な町をつくりましょう。
1. 草木を愛し、きれいな郷土をつくりましょう。
1. 教養を高め、文化の町をつくりましょう。
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| (昭和42年1月1日) |
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◆町の花
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◆町の木
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◆町の鳥
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カタクリ
(平成9年制定)
自然を愛し花を愛する
心を育み、未来へ躍進す
る幌加内町への郷土愛の
象徴として制定されまし
た。 |
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ナナカマド
(昭和53年制定)
風雪に耐え、自然を克
服した先人の開拓魂を誇
りとし、限りなく繁栄す
る幌加内町の発展の象徴
として制定されました。 |
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アカゲラ
(平成9年制定)
厳しくも豊かな自然と
共生しながら、限りなく
発展する幌加内町の永久
平和の象徴として制定さ
れました。 |
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| ◆予備知識 |
| ■幌加内町のコレ知っている?「幌加内の地名の由来」 |
| ■地名の呼び方を勉強するページを作成しましたので挑戦してみて下さい |
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| ◆町の施設 |
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